活動報告

私がケースワーカーだった頃

先週火曜の夜、珍しくテレビのドラマを観ました。その新番組「健康で文化的な最低限度の生活」第一回目を観て、ケースワーカーとしてシャカリキに頑張っていた頃を思い出していました。自分の経験から言うと、このドラマ、現場で働く者の認識や姿勢を、その葛藤も含めて描写できていると感じました。

生活保護受給者というとネガティブなイメージをもたれる場合がまだまだあると思います。第一回の放映分には、巡り合わせで背負うことになった借金を、食事を一日一回に制限してでも返し続けていて、それが自分の運命だとあきらめきっている男性が描かれています。過払いかもしれない、もう借金から解放されていいはずなのに変だ、などとは夢にも思わない。ケースワーカーが法律事務所に行って調べてもらうことを提案しても、そんな気にもなれない…。この男性のように、実は、人生において不器用かもしれないけれど決して邪悪ではない、怠け者でもない人が多いと私は感じていました。

ケースワーカーとして、神戸市政の歪みを正そうと真っ向から挑んでいた私を日刊工業新聞の記者さんが取材してくださいました。大西純さんによる「月刊お好み書き」の記事(1997年7月 被災者代表で闘う役所人)はこちらです。
(見出しの名前の表記に間違いがあります。秀則➡秀典です。)

仲間の支えがあったとはいえ、辛い面も多々あったその頃の闘いが今の私の土台をつくってくれました。そこから続く道が、仲間と取り組んでいる「高橋ひでのりと市政を考える会」の活動であり、これからの道です。